たびノートTOP > 大宰府
全国の「大宰府」に関する観光スポット20件を紹介!
全国の「大宰府」20件中 1~20件表示
九州の大宰府に左遷された菅原道真が伊勢神宮に祈願して奉納植樹したという1000年の歴史をもつ梅園。臥龍梅は早春に紅色の花をつけ、多くの実を結ぶ珍しい種類。
菅原道真公が大宰府に左遷される折り、名残りを惜しんだことから造営されたのが長岡天満宮。天神さんとして親しまれている。キリシマツツジの名所として有名だ。
菅原道真が大宰府に左遷される折、名残を惜しんだことから造営されたのが長岡天満宮。春に、八条池畔や山道にキリシマツツジが咲き乱れる姿が風物詩になっている。
真浦港と同じ湾内にある宮港の東、天神鼻に佇む神社。昔、神武天皇が寄港した時に天神を祀ったのが始まりとされ、菅原道真公が大宰府へおもむく途中に立ち寄ったと伝わる。
江戸時代には梅の名所として名を馳せ「岡本の梅林」の名で知られる。5400平方メートルの敷地内には大宰府天満宮からの「雲井」「皇后梅」など36種193本の梅を植栽している。
菅家の祖廟であり、菅原家発祥の地で、日本最古の天満宮。菅原道真公が牛に乗って大宰府に流されたという故事にちなみ、境内には牛の像七体を祀っている。道真公生誕の地との説もある。
菅原道真が左遷されて大宰府に向かう途中で嵐に遭い、漂着したと伝わる志島ヶ原。国の名勝に指定されている白砂で、浜には枝ぶりが見事な老松が林立している。
福岡県立の歴史系博物館で、大宰府史跡をはじめ、古文書や仏像など県内の各種文化財の調査や研究、展示を行っている。土・日曜、祝日は土器パズルなどの古代体験を実施。
大宰府政庁跡の東側に建つ展示館。館内には政庁跡の遺構や発掘で出土した瓦や木簡、陶磁器など、数多くの遺物を展示。往時の権勢をしのぶことができる。
奈良〜平安時代に九州一円を統轄していた役所跡。中国や朝鮮半島との外交窓口であり、防衛拠点でもあった。広大な敷地に残る建物跡から当時の規模の大きさがうかがえる。国の特別史跡。
大宰府政庁を構築する際の鬼門よけとして造営されたのがはじまり。宝満山の山頂に上宮、山麓に下宮が鎮座し、縁結びの神様として人気がある。紅葉の名所としても知られる。
九州自動車道上り線、大宰府インターと福岡インターの間にあるパーキングエリア。コンビニには眠気覚ましグッズが揃う。
通常の商品以外に、メディカルコーナー、便利なカー用品やドライブグッズを豊富に取り揃えたコンビニがある。
宇美町、太宰府市、大野城市にまたがる四王寺山に大和政権によって大宰府防衛のために天智4(665)年に築かれた朝鮮式山城。全周8km余りにわたって土塁や石塁がめぐり、城全域が国の特別史跡。
山頂からの眺めは絶景で、志賀島や能古島、遠くに長崎県壱岐などが見渡せる。山中は七窟、五百羅漢など見どころが多い。日本の自然百選の一つで、山全体が国の史跡。竈門神社脇に登山口がある。
飛鳥時代の白村江の戦いののち、新羅や唐の侵攻から大宰府を守るために築かれた城の一つと伝わる。今は礎石の一部と水門のみが残り、国の特別史跡に指定されている。
都城開拓のために大宰府から平大監季基が来都して西日本最大といわれる島津御荘を開き、その総鎮守として万寿3(1026)年に創建。明治期に現在の地に移転され、広く崇敬を集める。
京都御所の東側、旧三条家邸宅跡に三条実万・実美親子が祀られています。いわゆる実美は急進派の七卿の1人でその中心人物でもありました。龍馬も大宰府で実美と会い、薩長同盟を説いています。現在は萩の名所としても知られています。
大宰府政庁を構築する際の鬼門よけとして造営されたのがはじまり。宝満山の山頂に上宮、山麓に下宮が鎮座しており、祭神は神武天皇の生母である玉依姫命。紅葉の名所としても知られ、秋は全山紅葉の錦となり、参道は舞い散ったモミジで埋めつくされる。
大宰府政庁を構築する際の鬼門よけとして造営されたのがはじまり。宝満山の山頂に上宮、山麓に下宮が鎮座しており、祭神は神武天皇の生母である玉依姫命。秋は全山が紅葉する名所としても知られ、参道は舞い散ったモミジで埋めつくされる。
全国の「大宰府」20件中 1~20件表示
掲載情報の一部の著作権は提供元企業等に帰属します。 Copyright(C)2024 Shobunsha Publications,Inc. All rights reserved.